数と公共性?複雑だなぁ~

今日は夢工房のターニングディーだったが、別の事で時間をとられ出来なかったので別の件。ここ暫く何か引っ掛かってもやもやしいてるのが「ななつ星」の話題。観光立国を目指す日本にとって「ななつ星」は歓迎すべきbig newsだろうが問題は踏切。近く踏切はドン行、準急、特急等の停車駅に近く時間帯によっては「開かずの踏切」に近く、イライラはいつもの事。

そもそも列車が殿様然として、当然の如く天下の往来を遮断出来るのは何故か? ピーマン頭でつらつら考えるに「公共性優先」しか浮かばない。2012年度の全国踏切数は、33.710ケ所(net検索)と出ているが、ななつ星の運行するJR九州の踏切は何か所あるのか?netに出ていない。

でも写真の様に踏切があり、住民が手を振っているので在るのは確か。

一方ななつ星は30億円の投資、「DXスィートA」は56万6千円/人。

「乗客max30人/一運行、年間売り上げはたったの5億円。ここで言いたいのは、たった30人の為に踏切を何か所も遮断、人・車を何千、何万も止めて良いのか?

乗客はハィクラス・お金持ち・選ばれた人etc、自己満足と優越感にひたり、陶酔感を味わっているのは結構だが、その陰でイライラ人は何人か?

この30人に公共性はあるのか?もちろんこの為の舞台裏の経済効果も見逃せないが、明るい話題の裏を考えると・・・ひがみ根性かな。

新幹線並みに、全部高架線で踏切ゼロなら文句は無いのだが。

正義は時代とともに変わり、価値観も時代とともに変化するが、数と公共性の観点からみて、素直に良かったねぇ~とは言い難し。

複雑だなぁ~。