家康は大した漢だったんだ

師走晦日を迎えて、凍るような北西の寒風吹き付ける。今朝の工房は0.3度で日中も10℃に上がらずpm16:00で7.8℃。昨日は不覚にも右親指先をスライサーでスライス、皮と肉が削り取られ血止めにあたふた。年末の大掃除も一段落で年末年始は、指の怪我を名目に暫くのんびりの予定。ブログの木工ネタが出ないのでしばらく中断かも。てな訳でTVを見ていると「徳川家康江戸を建てる」とかの放映、一面葦の荒野を見て先ず「治水」と民の飲み水作り。

思い立って「江戸地図」を貼ってしばし見入る。江戸は「橋と坂」の名を頭に入れないと地理と方向感覚が分からない。江戸開闢以来400年近く経つが、今にして振り返ると、世界の江戸・東京を創った家康は大した漢だったんだ。

時代物語は、全て江戸城本丸から始まり、二重三重の掘割と大小藩の上中下屋敷、川・橋・坂の情景活写が骨格となっている。

先ず登場する浅草、昔も今も庶民の人気スポットに変わりはなさそう。

江戸時代は、今の銀座に相当する両国橋。この橋の袂が活き活きと描かれている。

当時の江戸市中は、地図でみると東/押上・西/新宿・南/品川・北/巣鴨あたのまで。東西南北の外れは、町でなく村の表示。麻布村・白金村等々。地図の中心は、JRお茶の水駅あたりに相当。本と地図を見比べながらの正月休みに。