あの日、北京も暑かった

今年もめぐり来る75回目の終戦(敗戦)記念日。TV・新聞等の報道はコロナ禍を反映して控えめな行事報道。我が身を振り返れば、75年前の今日昼頃は、北京小学校2年生の夏休みながら、校庭に整列させられ何やら「大事なラジオ放送」を聞かされていた。前に並んだ先生方はうなだれて泣いていた。暑くてしゃがみこみグランドに落書きしていたのをはっきり記憶している。他の事はおぼろげながら、この光景だけは鮮明に覚えているのは、天の思し召しで大事な事で記憶せよとの事だつたと思う。75年後のmy人生、40.5℃にもなる工房を隣にしてのんびり年金生活。終戦は良かったのか、悪かったのか。現在の生活環境から逆算すれば、あながち悪かったとも言えない。複雑。

5年前の今日。木工に熱中して、早朝・午前・午後と工房に入り浸りの毎日。

catをつけたキッチンペーパーstandを量産していた。8/末の幕張メッセでのDIYショーに出品し、韓国・台湾・中国の方々が求められていた。

am5:40×29.4℃。ムシムシするがテクテクスタート。通りすがりに「昔懐かしい貯湯式電気温水器」を発見。昭和50年前後にブームだつた深夜電力利用の貯湯式電気温水器。我が家の新築でも450Lの三菱電気温水器を設置していた。仕事柄何百本販売した事か。入荷が間に合わず、群馬県伊勢崎市の三菱電機製作所まで引き取りに行ったことを思い出す。腐食防止のマク゜ネシュウム棒交換が厄介だつたなぁ~。今どきまだあるとは珍しい。7.000歩。